ドラマ”仁 JIN”から現代医療を考える

いまさら感もありますがアマゾンプライムでJIN-仁-を視聴しました。正直面白かったです。こんなに面白いとは思っていなかったです。

以下ネタバレ注意です。

脳外科医の南方仁

現代に生きる脳外科医の南方仁(医師14年目)は公園で頭部に重傷を負った急患を対応する。診察を進めていくと脳内に腫瘍があることに気づき、緊急開頭オペが始まります。

手術は成功に終わるのですが、腫瘍そのものが非常に奇妙でした。

なんと、胎児様の腫瘍だったのです。

術後、その胎児様腫瘍の入ったビンを眺めていると研修医から「開頭手術した患者が逃げ出しました!」との報告を受けます。

患者を探し回る南方仁は非常階段でその患者を見つけます。患者は救急対応バッグとなんと胎児様腫瘍が入ったビンを持っていたのです。

患者ともみ合いになり、ビンが投げ出されます。ビンをキャッチしようとした南方仁は階段を転げ落ちます。

そして、気づくと森にいて、なにやら人の声が聞こえます。

その声に向かっていくと、なんと着物を着たちょんまげ姿の侍が複数人いました。

時代劇の撮影か何かと勘違いした南方仁は侍に駆け寄りますが・・・

と、いう感じで南方仁がタイムスリップします。

第一話の感動名セリフ

第一話で恭太郎という侍の頭部外傷を手術するのですが、この場面が現代に生きる医者、特に外科医にはグッとくるものがあるのではないでしょうか?自分はまだ医者でもなにでもないですが、妙に心に深く刺さりました。

江戸時代の手術道具もなにもない中で南方仁はこう自省するのです。

「満足な道具も薬も無い中で手術をしている。とても簡単な手術がいまなら青息吐息だ。これまで手術を成功してきたのは俺の腕じゃなかったんだ。いままで誰かが作ってきてくれた薬や施設、知識だったんだ。そんなものを無くした俺は痛みの少ない縫い方ひとつ知らないヤブだ。14年も医者をやって俺はそんなこともしらなかった。自分がこんなにちっぽけだったことを俺は知らなかった。謙虚なつもりだったけど、俺みたいなヤブができる手術だけ選ぶなんて、考えてみれば随分ふざけた話だ。」

医者に限らず現代に生きるすべての人が立ち返って深く考えるべきテーマなのではないでしょうか?

スマートフォンやパソコンがあればなんでもできてしまう時代です。ハイテク機器があれば、知識なんかも覚える必要すらなく親指ひとつで得られることできる時代です。

でもそれはわたしたち自体が進化したのではなく、あくまで機械がやってくれているのです。

最新テクノロジー依存

自分は何でもかんでも最新テクノロジーを活用して、物事を効率化するのは好きでありません。

Apple Pencilは便利ではありますが、やはりペンで紙に書くという行為や感覚が好きです。たとえそれが非効率的だとしても。

全くテクノロジーを受け入れない生活はこの時代で生きるには不可能です。なので、少しずつ、ゆっくりと受け入れていくのが良いと思っています。