2019年 10月 の投稿一覧

医学部は辞めてはいけない

医学部にいる一定層はなにか辛いことがあればすぐに『医学部やめたい』と言います。99.9%の医学生は辛いことへの精神的自己防衛のために言っているに過ぎないと思います。少なくとも自分の周りではそうです。でも、医学部全体でひとりくらいは本当に死んでしまいそうな人がいます。

手のひら返しが上手い医学生

医学部で進級してゆくには多くの勉強時間や実習をこなしていく必要があります。確かに一時的に体力的にも精神的にも辛いこともあるかもしれません。医学生の一定層はこういう時に自分自身におまじないをかけるように『医学部辛い、やめたい』と教室、廊下、図書館、ツイッター上とどこでも叫びます。

辛いのは本当なのでしょうが『やめたい』とは本気では思っていないでしょう。ただ、そう言うことによって自分自身を慰めているにすぎません。自分は辛い時こそ楽しいことを考えよう、というプラス思考なのでこういった人たちの喚きは非常に不快です。ひとが必死にプラス思考にもっていこうとしているのにその足を引っ張っている形になります。

上記のツイッター埋め込みににもありますが、こういった『やめたい系医学生』のほとんどが辛い時期を乗り越えると『俺(あたし)はあの辛い時期を乗り越えた人間』になります。あんだけ辛いとかやめたいとか言ってたのにその時期のことを『あんなの余裕っしょ笑』みたいな感じに変わってしまいます。でも、新たに辛いことが発生するのでまた『つらいやめたい厨』に変わってしまいます。

恐らく、在学中も研修医中もレジデントになっても専門医とってもずっと医者は辛いと思います。なので、そういう人は人生ずっと『辛いやめたい』と言ってるでしょう。

ツイッター上での意見

これは『辛いやめたい病』にかかっている人には言ってもいいと思いますが、若干名病気などで本当に辛いと感じている人もいるのでそういう人に言うのはダメでしょう。

というか『医学部辛い・やめたい』というのは『勉強やめたい』と言った方が良いんじゃないでしょうか?

医学部やめて適当に大学に入り直して就職しても、結局就職先では勉強がまっています。もちろん医学部との勉強とは質が違ってくるかもしれないので、本当にやまめてそっちの道に進んだ方が本人にしたら幸せなのかもしれません・・・。

匿名の声に簡単になびいてはいけない

確かに辛さなどを自分の中に溜め込むのはあまりいいことではないと思います。たまには吐き出すことも大事なのかもしれません。

しかし、『医学部辛い・やめたい』と思っている人が多いからといって医学部をやめるのは非常にもったいないと思います。少なくとも卒業しないと国家試験を受ける資格がなくなってしまうので卒業だけはしましょう。

全国に1万人弱の医学生がいますが、『医学部辛い・やめたい』と言う声に安易になびいて本当に辞めてしまう人も一定数いると思います。そういうひとも、もしかしたらプラス思考のひとたちと付き合っていたら、やめるという選択肢は取らなかったかもしれません。

なので、なるべくなら『医学部辛い・やめたい』と言う層とは距離をおいて医学部生活を送ることが人生を楽しく生きるコツなのかもしれません。

恋愛医学会炎上事件を考える

某都内のモテモテ(?)の医者が『twitter恋愛医学会』なるものを設置すると宣言した。これに対しtwitterの医療者界隈は少し荒れた。

自分もこのような医者の職業倫理に抵触する様なツイートは削除されるべきたと思っている。

本人は事の重大さがわかったようで当該ツイートを削除し火消しをしたようである。

twitter上のネタで済むのか?

確かにツイッター上のことであるのである程度のことはスルーでいいと思います。自分のツイッターもろくなことツイートしてないですし、模範的医学生でもないので一般的医学生の品性を下げている可能性もあります。

しかし、超えていい一線と超えてはいけない一線があると思います。

今回の『恋愛医学会』の良くなかったところは、一般的医療者(特に医師・医学誌絵)の職業倫理に触れてしまったからです。

職業倫理とは『医師としてのやっていいこと悪い事』を規定するものであると考えます。絶対的基準はないので、各々が異なった基準を持つものと考えられます。この各人異なる基準をもった職業倫理に抵触すると多くのひとが感じたのでこの問題が炎上したものと考えます。

であるからして、上記ツイッターのように恋愛医学会を擁護するシンパの中には『批判するヤツは非モテ』と叫んでいますが、根本的にズレています。

『特定の個人や団体を誹謗中傷していないからOKじゃない!?』というのもナンセンスです。

職業倫理を端的に述べているのは上記のツイッターです。これが全てを物語っています。

非モテがモテ医師のお遊びを批判しているのでもなく、
ツイートによって誰かを誹謗中傷していているのでもなく、
社会からの医師に対する信用信頼を毀損しかねない、からみんなが反応したのだと思います。

そういうとこんなツイートも出てきます。

何言っているかよくわかりません。

リアルな診療の現場で『○○内科専門医とオンナ200斬りで恋愛医学会指導医です』と患者に言っても信頼関係を保てえるのでしょうか・・・。

あくまでもツイッター上のお遊びであってリアルで言うわけないじゃん・・・と突っ込まれそうですが、ツイッター上では医療者でない多くのひとがコミュニケーションを取っている場です。というか、ツイッターのほぼ99%のメンバーが潜在的な患者と考えてもいいわけです。

だから、ツイッターで恋愛医学会云々を見た人の一定割合は『200斬りとか言っているゲスな医者が世の中にはたくさんいるらしい』と思ってしまうでしょう。

こうなるとこれまで先人が培ってきた医師の信頼が崩れ去ってしまいます。ただでさえ、千葉大医学部の強姦事件などで医師の信頼が失墜しかけている時代背景があります。

真面目に真摯に医療に取り組む医者が、一部のバカな医師によって『医者ってこんなもんか・・・』と思われてしまうのは、特定の団体を誹謗中傷している行為と同義ではないでしょうか・・・?

日本の産科医の減少について

産婦人科になる医学生が少なくなっています。一時期よりかはましになったようですが、依然、少ないままです。このままでは日本の産科医療は崩壊。

産科はリスクの高い仕事

産科はリスクの高い領域とされています。しかも、母親と赤ちゃんというふたつの命を預かるので非常に責任のある医療分野となっています。

しかも、お産は大量出血や緊急的な出産などコントロールが難しいイベントが生じるためベテランの産科医でもお産に入ると気が抜けない様です。

その上に産科医の絶対数が少なく、24時間体制でお産対応しなければならないので休みはあってないようなものです。おそらく、まとまった休みを取って旅行に行く、なんていうのは産科医を続けている以上無理だと思います。

産科医療をめぐる問題

日本の産科医療の崩壊を招いたのは福島県でおこった『大野病院事件』といっても過言ではないでしょう。詳しくはwikipedia等で確認して欲しいです。

この事件では、産科医が逮捕されてしまいました(のち無罪)。

自分は事件のことを本当に隅から隅まで調べてきたわけではないので、当の産科医の刑事的な責任があるのかないのかはわかりません。

しかし、明らかなミスもないのに医師を逮捕に踏み切るのは萎縮医療を招きます。また、医療には真面目に誠実に業務に徹底しててもミスはつきものです。そういう特殊性を考えずに逮捕に踏み切れば、リスクの高い科、の烙印が付き、新規にその科を専攻する医者はいなくなります。

一生懸命休みなく働いた末に、避けられない様な難しい症例に遭遇し、乗り越えられなかったら逮捕される・・・そんな科には誰もいかないでしょう。勤務医であれば科によって給料はそれほど変わらないのでのほほんとできる科に人は移動します。

小児医療も同じく・・・

小児科もなり手の少ない科となっています。

いわずもがな世の中の少子化の影響をもろに受けているのが主な要因ではあります。

また、少子化に伴って現れたモンスターペアレントが医療の世界でも猛威をふるっているようで、これも小児科を避ける医師を増加させているようです。

確かに、ひとりっ子が多くなり親の過保護が目に余る世の中ですのでしょうがないところはありますが、こどもは夜中の急患も多く、そんな状況で母親からすごい剣幕でモンスター化されたらやる気も失せるでしょう。

医者のやる気にさせよう

いまの世の中、色々な権威あるものが崩壊してきています。医者も例外でなく、かつてよりもその地位は低くなっています。

確かに偉そうな医者、というのは個人的にはよくないとは思います。

しかし、医者は褒めてナンボのところがあります。うまくヨイショしてその気にさせて頑張らせればいいと思っています。

というか、激務な上に拘束時間が長い、でその割には給料は高くないのが医者なので、そういった権威(=偉い)がないとやってられないよ、というのが医師の本音だと思います。

特に人手が足りていないと言われている科である産婦人科や小児科などは手厚い対応をしてあげるべきではないでしょうか?

多くの医師がやりたくないと思っている仕事をやっている医師なのですから・・・。

ワクチン問題のはなし

ツイッターでは定期的にワクチンVS反ワクチンで論戦が行われています。このワクチン問題は医療の根源的な性質によるもの〜結局、完全に証明有効性(非有効性)できない〜が大きいと思います。

ワクチンとは何か?

ワクチンとは簡単に言うと、接種するとある病気にかからなくなる薬、であると言えます。基本的には細菌やウイルスといった感染症に対するものです。

例えば、ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染は子宮頸癌を引き起こすことが判明しています。このHPV感染を防ぐためのワクチンがあり、このワクチンについてツイッター上で舌戦が繰り広げられることが多いです。

この他にもインフルエンザワクチンやB型肝炎ウイルスワクチンや各種予防接種などたくさんのワクチンが存在します。

ヒトパピローマウイルスワクチンは効くのか?

配偶者や娘(まだいないけど)などにヒトパピローマウイルスワクチンを打たせるか?と聞かれたら『打たせる』と言います。

しかしながら、その効果をどれぐらい信じているかというと『そんなに効果は無い』と思っています。

確かにWHOが正式に有効性と安全性を認めているようですが、果たして東洋人である日本人に対しても西洋人と同じレベルでの有効性と安全性があるのかはよくわかりません。

副作用は通常のワクチンレベルにあるけど、打たないよりかは打った方がいいかな・・・と思うレベルです。

また、薬全般に言えることですが『100%安全な薬は無い』です。

また、日本でも世界でも製薬会社や特定の大学病院の科による薬害問題や創薬データの改ざんが定期的に起こっています。特に1980~1990年代に生じたMMRワクチン事件は医学生であれば誰しもが知っている事件です。

こういう事件があるわけなので、反ワクチン派が台頭するのも無理ありません。

インフルエンザワクチン

毎年秋頃になるとはじまるインフルエンザワクチン。

あれっ、ワクチンは一回打てばしばらくは効くんじゃなかったっけ?と思う人もいるでしょう。

インフルエンザは非常に遺伝子変異の頻度が高いウイルスです。ですので、毎年毎年変異するのでそれ用のインフルエンザワクチンが必要となります。

インフルエンザのワクチン製造課程はよくわからない様子です。自分の大学の微生物学の教授も『インフルエンザワクチンの製造方法もよくわからないし、効果もわからない。ただ、打てば防ぎはできないものの症状は緩和できるだろう』と言っていました。この教授は微生物特にウイルス分野でそれなりの結果を残しているひとなので信憑性は高いです。ちなみにですが、この教授曰く『ヒトパピローマウイルスワクチンの日本人に対する有効性は未知数。打たないよりかは打つ方がいいかも。』というものでした。

自分はインフルエンザワクチンを打った経験がなく、かつ、インフルエンザに罹患した経験がありません(正確に言うと罹患しているかもしれませんが、インフルエンザ様症状を呈したことがありません)。

ですので、しばらくはインフルエンザワクチンは打ちません。今後、状況が変わって毎年インフルエンザにかかったりするようになったら考えます。

インフルエンザワクチンを打たない理由は『なるべく余計なものを体内に入れたく無い』からです。

ワクチンは細菌やウイルスの一部が混じったもの、死滅させた細菌やウイルス、生きた細菌だが不活性化しているもの、などたくさんあります。基本的には原因となる病原体の一部から製造します。当面必要ないのに、こういった加工された病原体の一部を体内に接種することはなるべく避けたい事象です。メーカーや厚生労働省のお墨付きがあったとしても、です。

ワクチンとの付き合い方

以上が自分のワクチンへの考え方です。

反ワクチンでも盲目的なワクチン賛成派でもありません。自分に必要なのか?効果と副作用とのバランスはどうか?そういう点を複合的に勘案してワクチン接種を決めています。

細菌、自分が打ったワクチンとしてはB型肝炎ウイルスワクチンです。大学病院で実習するために必要だから接種しました。副作用を考えても打つべきであると思いました。

ツイッター上のワクチン論争ですが、ワクチン賛成派も反対派もどちらも『○○ワクチンは危険、打つな』、『○○ワクチンは安全、WHOのお墨付き』みたいな形で論争していますが、いずれの話も話半分で聞いて、自分で調べて結論を下すのがいいと思います。

個人的には、おそらく99.9%医師であるアカウントでも匿名アカウントの医療情報は鵜呑みにしない方がいいと思います。

例えば、ヒトパピローマウイルスワクチンに有害性が認められた場合、ワクチンを積極的に推進する匿名アカウントはアカウント削除するだけで責任なんてとらないでしょう。

『ワクチン打つな』も悪ですが、
『絶対ワクチン打て』も同じく悪になる可能性はあります。

ワクチンは自分で効果と副作用を調べてから慎重に打ちましょう。

あの病院のあの科はどこの関連病院?

日本に存在している病院は関連病院か非関連病院かに分かれる。関連病院というのは既にご存知かもしれないが『大学病院』の支店みたいなものである。

大学病院は大企業である

医療界も民間企業と同じように規模別に大企業・中小企業のように分かれているといっていいだろう。

例えばトヨタやメガバンクのような売り上げも良く、従業員も多く、各地に支店をもっているような企業と大学病院は似ている。大学病院の院長はトヨタの社長みたいなものだと言って良いかもしれない。

各大学病院は診療科ごとに支店を持っている。それは市中にある病院である。基本的にはその大学病院が所在する都道府県内の市中病院である。

それではその都道府県内のすべての市中病院が支店か?と言われると、そうではない。その都道府県に医学部がひとつしかなければ、多くの病院はその医学部の大学病院の支店である。

東京の様な国立医・私立医が大量にあるようなところは入り乱れている。首都圏では東大と慶応医の支店が圧倒的に多い。ちなみにこの支店のことを関連病院という。

非関連病院

ここが関連病院を語る上でむずかしいところなのだが、すべての病院がどこかの大学の関連病院と言う訳ではないのだ。

まず、○○市立病院とか国立病院機構○○病院みたいな国や地方自治体が経営しているような病院や赤十字・済生会の様な病院の多くは関連病院化されているところが多い。

一方、徳洲会病院の様な私立の病院は関連病院化されていない(徳洲会でも一部の病院の一部の科では関連病院化されている、という)。

また、前述の自治体病院においても科によっては関連病院されているが、ある科においては関連病院されていないという状況もありえる。

そして、ひとつの病院において複数の大学の関連病院となっているケースもある。

医局とは・・・

この大学病院を頂点とした支店網で働きたい場合、まず大学病院に就職しなければならない。これを医局に入局する、という。

医局に入局すると大学の教授の采配によってどの支店で働くかが決まる。どの病院に行くかによって経験できる症例も違うし、報酬も違ってくる。

医局入ろうと思っている医学生はその医局が持っている関連病院がどこなのかを考えればいいのだが、医局に入るつもりがない医学生の場合、よくよく調べなければ自分のキャリアが形成が難しい。なぜなら、自分が経験したい症例を積めるような関連病院でない病院を自分で探すしかないからだ。

であるから、医局入局を考えていないものはどこの病院のどの科がどこの大学の関連病院であるかを知ることは重要である。

『いいな!』と思った病院があったとしてもどこかの病院の関連病院ならば、そこの医局に入局しなければならないからだ・・・しかも入局してもその病院にいけるかはわからない。

有名病院について

自分が知っている限りだが、聖路加病院や亀田総合病院などの都心部の有名病院は非関連病院であるケースが多い気がする。逆に地方の場合は有名か否かに関わらず関連病院である可能性が高い。

いずれにしても、どこかの出版社が全国の病院の関連病院網を調べて冊子にして欲しい。

効率化と非常事態

効率化=便利と非常事態は表裏一体である。

効率化原理主義

上記ツイッターのつぶやき。効率化原理主義者の権化のような内容である。ま、食事をどうするかなんて各人の好き好きなので今回の記事はあくまで自分個人の独り言レベルのはなし。

確かに人間というものは効率化を追求する生き物である。効率化を追い求めたが故に発展してきた。だから、効率化そのものは否定はしないし、できない。

だがしかし、である。

効率化を追い求めつつ変化させてしまってはならないこともある。

例えば上記ツイッターに埋め込んだ話。

家事の効率化を追求した結果、アマゾンで仕入れた栄養士監修の冷凍食品で済ます・・・という事態になっている。

例えばこういうのを週三回、忙しい日などにして、あくまで忙しい日の代用にするならば問題はないと思われる。

しかし、毎日であったらどうだろうか?

毎日三食効率化を極めた冷凍食品を食べて育つ子供はどう成長するのだろうか?両親の愛情のこもった手料理を食べずに育つ子供の不幸さよ。

また別の問題もある。

食事を冷凍食品に頼ることによって本人の料理テクニックが上昇しないどころか、料理すら作れない状態になってしまうことだ。

できる人がやればいい

分業化もまた人間が発展する際のキーワードである。

太古の昔はファミリーですべてのことを行ってきたが、人類の発展により分業化が進んだ。もちろん、家事の分業化の進んでいる。もちろん、電気機器の発展によるものも多いだろう。

現代社会においては家事のさらなる分業化が進み、家事を細分化し、それを外部(ヘルパーなど)に委託したりしている。

つまり、他に代替できるモノやシステムがあって金銭的に余裕があれば自分がやらなくてよいことになる。できる人がやればいい、ということである。

食事以外にも掃除・洗濯といった家事は無数にあるが、こういったものをすべて外注しているとすると、いざ、自分でやらなければならない時こまるのではないだろうか?

確かに、洗濯なんて汚れた衣服を放り込み、洗剤を入れてボタンを押すだけだし、洗い物も食洗機に入れてボタン押すだけだろう。そんなものいざとなれば自分で余裕でできる・・・そうだろうか?

確かに一回、二回程度ならば問題ないが継続的に起こった場合はどうだろうか?

洗濯機のゴミキャッチャーの掃除や食洗機のつまりなどが起きてくる。そういうものに対して対応できるのだろうか?疑問である。

常に効率的な空間に居住

『常にハイテクな大都市に住んでいるからそういう問題考える意味がない。』こういう風に言う人も多いでしょう。実際的にはそうなのかもしれない。

だが、今回の台風19号のような自然災害で自宅が冠水などしたらどうだろうか?

いつも家事を外注していた人は非常に大変な思いをするのではないだろうか。

配送システムが遮断され、コンビニにも食材はない。冷蔵庫には飲み物や軽食だけ。仮に食材があったとしても調味料も充実していないし、なにしろ作る人の能力が低い。『クックパッド』みれば誰だっておいしく作れる・・・本当にそうだろうか?

効率化に頼って生きていると思わぬところで大打撃を受けるような気がします。ま、揺るぎない資産があれば自然災害があって被災したとしても問題は少ないのでいいのかもしれませんがね・・・。

木下優樹菜のタピオカ騒動で学ぶSNS利用術

なぜよく事情もわからないのに恫喝まがいのDMを送ってしまうのか??

SNS中毒症

いまやSNSはスマフォユーザーにとっては無くてはならないものとなっている。SNSを使わない日はないといっても過言ではないだろう。

これだけSNSに慣れてしまうと、これまで当たり前にできていたことができなくなるし、昔やっていたことをできなくなる。これは問題である。

いまやひとり一台スマホの時代であるので、みんながみんな何かしらのSNSをやっっていると言ってもいい。

SNSの使い方をしっかり考えていかないと人間的コミュニケーションがどんどん崩れていってしまうと思う。

木下優樹菜のタピオカ騒動

今回の木下優樹菜のタピオカ騒動だが、SNSで変な癖がついてしまったから生じたと思う。

何かあったらDM(ダイレクトメッセージ)ですぐに解決をはかるのはSNSユーザーの悪い癖である。しかも今回は状況がよくわからない(実姉の話のみ把握)中での恫喝めいたDM。もしかしたら刑事事件に発展してもおかしくないのかもしれないものである。

普通ならばよく知らない人に対して、何かしらのトラブルがあったとしても恫喝めいたDMなんて送らないであろう。実の姉の話をまるごと信じてのことだろうが、それにしたって相手方の話も聞かないと判断はできない。

こういった場合、まずは相手方にリアルで文句を言いに行くのが筋だろう。実際に会って『○○に対して○○はあり得ない』みたいに対面で話すのが重要だろう。

いつもSNSで簡単にメッセージのやりとりができることに慣れてしまっているのだ。

大事なことは会って話す、これは重要なことだろう。

よく言われる言葉

こういった事件に関連していつも思うことがある。

こっちが対面で話したいのに『それってメール(ライン)で良くない?』という言葉である。

メールやラインでいいなら初めからそうする。今回は対面でお互いの顔見ながら話し合いがしたいから対面を希望しているのである。

確かにメールやラインの方が時間や手間が省ける。でも、それではうまくいかないこともあるのである。

効率化・省力化を追い求めるのもひとつだが、対面でのコミュニケーションという大事な基本を忘れてはいけないと思う。

トンデモ医療と未来の医療のはなし

とかく自由診療や民間診療はトンデモ医療とされがちであります。ま、実際は多くがトンデモ医療のような気がします。

エビデンスが無い医療

自由診療や民間医療はエビデンスが無いものが多いです。そのためトンデモ医療として認知されることが多いと思います。

医療においてエビデンスを取ろうものなら長い期間と多大な資金が必要となります。なので、今回の臍帯血治療についてもきちんとして研究がなされていないのが現状なのでしょう。

医師や研究者としての勘やある程度の研究結果立てられる仮説レベルで診療が行われているような気がします。

目の前に不治の病で苦しんでいる患者さんがいたら、エビデンスは無く仮説段階だとしても、自分が可能性があると思った治療があるならば実施したいし、患者さんもそれに賭けてみたいと思うのが人間の性だと思います。

その時に、今回の小林麻央さんが通院した首藤クリニックのように法を犯してまで行なってはいけないと思いますね。それだと本人や家族が辛いだけです。

また、自由診療となると治療に対する報酬は医師の言い値です。臍帯血とかは手に入りにくいので高価になるとは思いますが、法外な金銭を患者さんから取るのはマズイ。『これだから自由診療はダメ・・・』となっています。

臍帯血などはそれなりに科学的な匂いもするのでわかるのですが、手をかざすだけ・・・みたいな民間治療はちょっと厳しいですね。水泳の池江璃花子選手がなべおさみ氏の手かざし治療を受けている・・・なんてワイドショーでやってましたけど。これ、無料でやるならいいと思います。有料ならちょっと認められませんね。

エビデンス原理主義の医師

ツイッターなどでも多いですが、リアルの医学生でもエビデンス原理主義のひとは多いです。

とにかくエビデンスが全てでエビデンスが無いものに価値を見出さない人も一定数います。

もちろんエビデンスは重要であり、エビデンスに基づいた医療行為が重視されるべきではあります。

しかし、エビデンスがあってもその通りにいかないのが医療であります。

それに患者さんにはエビデンスなんてどうでもいいみたいな人もいます。『エビデンスなんかどうでもいいから、先生が良いと思ってることをやってくれ』みたいな患者さんも多いでしょう。

エビデンスがあるのにわざわざエビデンスのない治療を行うのは愚かかもしれませんが、エビデンス盲目になっている人も多い気がします。

エビデンスなんてものは明日にも書き換えられる可能性もあるわけで、エビデンスがあろうと常に疑いの目は潜ませなければならないと思います。

未来の医療

未来の医療は全てエビデンスの無い中から始まるわけです。なので、今のところエビデンスの薄い自由診療も未来にはきちんとした医療になっているかもしれません。

そのような意味では臍帯血の再生医療などへの利用は非常に面白い題材であります。また、不妊治療などまだまだ確立されていない医療もたくさんあります。

このような医療は非常に扱うのは難しいとは思いますが、興味深いジャンルであると思います。

医学部の部活のはなし

医学部には『部活』という謎習俗があります。大学によっては9割方の人が入部しているところもあるそうです。そうなると部活に入ってないと辛いこともありそうです。

部活で社会性が養われるか?

自分は部活に入っていたのですがアホくさすぎて一年間で見切りをつけて辞めました。

医学部の部活は医学部以外の大学や学部のサークルと体育会を足して2で割ったような組織です。部活によってまちまちですが体育会以上に厳しいところもありますし、サークル並に緩い部活もあります。

部活でやることは主に練習、東医体・西医体への参加、各種対抗戦への参加、OB会の企画運営、新入生歓迎会、追い出しコンパなどです。

活動費をOBに寄付してもらいに訪ねる、OB会で現役医師と対応する、顧問の教授とやりとりする等、確かに社会性が養われる場面は多くあると思います。

ただし、これくらいのレベルの活動は部活をしていない人でもある程度は経験します。

部活の弊害

部活のひとつの弊害として『群れる』があります。

およそほとんどの部活のメンバーは群れて行動します。講義を受けるのも一緒、帰るのも一緒、昼飯食べるのも一緒・・・いつでも一緒です。

話すのも同じ部活が多いです。先輩もほとんどが部活の先輩。

なので、大学生活のほとんどは部活関連の人間とつきあいます。もちろん、部活以外の人とも友達になりますが、圧倒的に同じ時間を過ごすのは部活のメンバーです。

それはそれで悪いこととは思いませんが、その部活内での社会性しか身につかないのが残念なところです。

結局は入った部活の考え方や価値観が自分自身の生き方に反映されてきます。

なので、自分の大学においては某部活はカンニングの常習犯であり、チームワークでカンニングを行なっています。入学時はあんなにマジメだったあの娘がカンニングに手を染めているなんて・・・信じられません。

部活の恩恵

そんな部活でも利点はあります。

大学病院つまり医局おいては入ると有利な部活があります。要はその部活出身の医局員が多く、学生時代からその医局の多くの人と関係をもてるので入局後は優遇されます。やっぱり部活の後輩はかわいいみたいですね。

ラグビー、サッカー、野球あたりの部活と外科系(消化器や心臓血管外科、整形外科など)の相性はいいです。恐らく、どの大学病院の外科系医局でもメジャーな運動部の出身が多いはずです。

帰宅部組

うちの大学は割と部活に入っていない人が多い気がします。

部活に入ってない人は部活というくくりで物を考えないので人脈としては幅広くなります。部活に入っていようがいまいが関係ないのです。また、アルバイト等もできますのでいわゆる一般的な社会性が身につく土壌があります。

結論

一般的な社会性は帰宅部の方が身につきますが、特定医局における社会性は部活の方が身につくような気がします。大学病院の医局に入る気がないならば部活は無意味かもしれません・・・。

医学部をやめたい医学生のはなし

面白いことに医学部には『医学部やめたい!!』といつも愚痴っている学生が大勢います。今回はこういう学生について話してみたいと思います。

本当に辞めたいと思っている人

『医学部辞めたい』と言っていて本当に辞めたいと思っている人はほぼ0%と言っていいでしょう。

本当に辞めたい人は既にやめる行動に移しているか、休学の手続きをしています。本当に辞めたいひとは『辞めたい』なんて言ってられません。

休学する人の多くは本当に気の許せる人にのみ『辞めたい』とか『休学したい』とか相談しています。なので、多くの医学生は休学したことに気づかず、いつの間にか休学していた・・・という状況になります。

現状が辛いから辞めたいと言う人

実質このタイプが99%を占めると思います。医学部の勉強や実習が面白くなく、やることもいっぱいなのでやる気を失っている人たちです。

こういうタイプの人たちは総じて『文句や愚痴が多いものの、成績は良い』傾向にあります。

つまり、勉強・実習は嫌だけど現実的には一生懸命やっている、ということです。

自分のストレスを言葉で発散して、周囲に同調圧力をかけ、雰囲気を悪くするタイプです。そのくせ、自分自身はストレス解消されて勉強に励む、という感じになります。

医学生の半数程度は『面白くない医学部生活をなんとか面白くしようと前向きに努力している』と思うのですが、こういうタイプが近くにいると付き合いで同調せざるを得なく、結果として相手のストレスをこちらが受け取る形になります。

『こっちはなんとかストレス感じないように工夫しているのに、あいつといるとマイナス思考でストレスもらっちゃう・・・。』なんてことが良くあります。

自分はそういう人が会話に加わってくるとトイレに行ったりしてその場を去ります。そういう輩の話を笑顔で聞いていられないからです。。下手に同調しないと『マジメかよw』的な感じでこっちが変人扱いされてしまいます。

何も考えずに辞めたいと言う人

特に考えもなしに反射的に辞めたいという人もいます。周りに『辞めたい』と叫んでいる人がいると同調して『辞めたい』という人たちです。

同調しないと面倒だから言っているだけで、本人たちはその気はさらさらないです。

結論

『医学部辞めたい』と言っている人で本当に辞めたいと思っている人は実質皆無と言っていいでしょう。ただ現状が辛く、一時的な薬として『辞めたい』と言っているだけだと思います。